アレクサンダー・テクニーク

“セルフ(自己)の使い方”のセルフ(自己)とは

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セルフ(自己)について、

F.M.アレクサンダー(アレクサンダー・テクニークの創始者)は
”心と身体は切り離せない”として、
心身統一体(phycho-fhysical)という造語までつくりました。

そして、
アレクサンダー・テクニークは
”身体の使い方”ではなく、
”セルフ(自己)の使い方”を学ぶものである、
ということが大前提です。

ところが、セルフ(自己)として表されているもの、
その概念が
なかなか理解していただけない・・・

わたし自身の理解もあいまいだったから(汗)・・・ですけれど

今、そのことの理解が、改めて重要だと痛感しています。

 

日本語で、”心”という言葉について、その解釈は人それぞれです。

その”心”がさしているものは何か、をまず考えてみましょう。

F.M.アレクサンダーは、
psycho-physical(サイコフィジカル)という単語(造語)を使いました。

日本語で、心身統一体と訳されている”心”の部分は、
Psycho(サイコ)、つまり精神ということになり、
英語では、肉体に対して
(心/spirit, mind); (魂/soul) ; (意志/will) ; (動機/ motive)など
がその意味として辞書(Weblio)では示されています。

肉体と言う物質に対して、
精神は目に見えないものの総称として表されているようです。

つまり、心が指しているものは
精神的な活動すべてを含んでいるのです。

でも、そうなるとすごーく複雑なもので理解か難しくなるのでは?
と心配になりますね。

しかし、F.M.アレクサンダーは
そのことをとてもシンプルにしました。(そこが天才的です)

エンド・ゲイニングが、セルフ(自己)のミス・ユース(誤用)を誘発する、と。

精神に関わるすべてというと、多岐にわたり、
問題を複雑に捉えてしまいがちな私たちに、
とてもシンプルな解決策を提示してくれたのです。

その事例は、枚挙にいとまがない、というレベルではなく、
すべてに当てはまるのです。

エンド・ゲイニングについての理解も、
セルフ(自己)についての理解を助けますが、それは別途説明したいと思います。

最後に、F.M.アレクサンダーのセルフ(自己)についての重要な視点は、

『コントロールされるものと、コントロールするものに分けられない』

多くの人が、頭(心)が身体をコントロールしていると思われていますが、
F.M.アレクサンダーの心と身体は切り離せない、は、
心が身体で、身体が心だ、ということなのです。

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