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LIABイントロ×走りゾナンスを終えて

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走りゾナンスとは、
人間は本来、周波数を自己調整する能力があるはずを前提とし、
走ることで内臓が振動、それがうながされ、

また複数の人数で走ることによるその増幅・調整作用を上手く活用しようとするもの、

と個人的にはそう理解した。

言葉による定義はさておき、わたし自身の初めての体験を書き留めておきたいと思う。

普段これといった運動もしておらず、
この度の経験の前に500mほど往復するのに“歩く~走る”をくり返してみて、
このくらいの距離(約1km)が調度いいと思う程度の体力でした。

当日はまず、LIABのイントロの中で、走ることに役立ちそうなポイントを学び、
続いて、走りゾナンスについて少しのレクチャー後、
とにかくやってみようということで、

歩く~走る~歩くをやってみた。

歩いているところから、「走る」に移行しようと思った瞬間どうなるか、
歩くと走るの違いは何かを観察した。

私の場合は、走ると歩くの違いで大きかったのは、
歩くときは前腕を下げているけど、“走ろう”と思うと肘を曲げて前腕を持ち上げ、腕を振っていることでした。

「では、それをやめて走ってみましょう」と言われ、
意識的に腕を曲げずに走ってみると、走ることができました!
それは、何とも言えない不思議な感覚でした。

今まで、私が”走っている”と思っていたことと、
実際に走るために必要な動きとの違いに、びっくり。

それから、他者と一緒に走る、という体験では、
まず、わざと隣を無駄な緊張や動きをしている人とほぼ肩が触れ合うくらいの距離で走ると、
とても煩わしく無意識に遠ざかろうと走ってしまいました。

次に、無駄な動きや緊張をやめて隣を一緒に走っていただくと、
まるで空気を水だとすると、
隣の方の水流が私が作る水流と一緒になって心地よく加速されるような体感がありました。

それだけでも、十分に目からウロコの面白い体験でした!

その後、6名で前後も1m程度の距離しか離れず走る、を少し練習した後、屋外へ

目的地は、地図上の最短ルートで1.7kmと出ている公園を目指しました。
最初はゆっくりと歩くから走るに移行、走るから歩くへ移行を繰り返し、
だんだんと走る距離を長くして、信号待ちでちょっと休む、また走るというペース。

わたし自身の最初の発見は、腕を曲げるのをやめると上半身が無駄に動き、
それを抑えるために腕を曲げて緊張させているのだということ。

また、その腕を曲げるのをやめてみようとする試みによって、
隣を走る方に腕が当たる度、ゴメンナサイ、という氣持ちになってまた萎縮・・・。

リビング・イン・ア・ボディのアイディア(トップジョイントの機能的な動き~後ろ頭が後ろに上にスライドして、背骨全体がついていく)を思い出してみたり、
先頭を走るリーダーの方の動きを感じ、6名で一つの身体と思って走ってみる、
などが助けになることを発見・体感した。

そうして、公園に到着し、皆が各々の経験をシェアした際、
お1人の方が坂道を登ることについて言及され、
自分が坂道だと氣づかなかったことに驚いた

改めて、その道をよく見ると割とはっきりと坂道と分かる道だったので、さらに驚いた。
“坂道だ”と思うことも多分、何か身体を準備させてしまうのだろう、とも思ったし、
だとすれば、意外とユースはよかったのだな、とホッとしました。

帰り道、
自分の足音が少しうるさいなと思い始めると、ジャッジする氣持ちがうまれたこと、

また、自分のペースや状態を維持できないと思い始めると、
この集団の中にいると迷惑をかけるような氣がして、
じぶん自身をグループから切り離したくなったこと、

実際に、隣を走る人に触れると楽になる体験、

早歩きと“走る”速度があまり変わらないならば、
何をもって走っていると思っているのか・・・を新ためて疑問におもったり・・・

いずれにしても、
1人ではこの距離を走りつづけられなかったであろうものを、
走る(歩くも入れて)ことができたのも、とても面白い発見・経験だった。

そうしなければ、会場内でちょっとした発見をして、分かった氣になったり、
学べただけでも満足したと思うけれど、
より実際的なことを経験することができたようでうれしかった。

それを、一度だけの経験にしないために今後何ができるのか、を考えたい。

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